量より質か、量ゆえに質か。

  • 2017.05.27 Saturday
  • 08:45


先日携帯のキャリア変更ついでに連絡先を見直したら、すっかり忘れていた名前がたくさんあって、懐かしいような気恥しいような妙な気分になった。


その昔、know howよりknow whoという考え方を知ったばかりの頃の私は、そうか人数かと理解して、手あたり次第にお友達を増やしていた。通常なら他人のままで終わる場面でも、一歩踏み出して声をかけたり話を膨らませたりすることで、お友達は無限に増える。

例えば飲食店や服屋の店員さんも、楽しく話して記憶が消えないうちに何度か足を運べば一緒に遊べるようになったりする。毎日バス停で会うひと、年に数回お世話になる業者さん、アポ先の秘書さん。いたるところにお友達の原石は存在し、こちらの心ひとつで新たなknow whoとなるのだ。

しかし人とつながるには気力と体力が必要であり、私はそれが湯水のようにあるタイプではない。イタリア男よろしく袖触れ合えば声をかけ続けた結果すっかり疲弊してしまい、今ではよほどのことがない限りそんな真似はしなくなっている。


てなことを思い返して、うーん、若かったね、と一人照れたりしたわけだが、思えばある種の下心から行ったこのローラー作戦の結果、今でも続くありがたいご縁をたくさん得たことに気づいた。

おかしなテンションの私が頑張ってなかったら、そのまま他人で終わっていたであろう人たち。いずれもそれぞれのジャンルで貴重なアドバイスや意見をくれたり、前向きに、ざっくばらんに色んな話もできる、尊敬すべき友人たち。そう考えると、若気の至りとはいえ、あれは無駄な行動ではなかった。


自分の手の届く範囲は決まっており、その中でつながる人のタイプもだいたい決まっている。もし今の自分の幅を広げようと思ったら、その範囲の外に存在している人とつながるのが手っ取り早く、そのためには無作為な出会いを広げていくことが案外有効かもしれない。多少の気疲れや体力消耗は成長痛と割り切り、やってみる価値はあるのではないか。数打ちゃ当たる、というと失礼な話だけど。特に若いうちは。

もちろん、相手も自分に価値を見出してくれないことには続かないわけで、そこには努力が必要だ。know howよりknow who。まさにそのとおりだと身を以て知る育児戦争真っ只中の今日この頃、今はいただくばかりのひとにも、何かを返していけたらいいなと思う。そんな損得関係ないのが友情だ、という考え方もあるとはいえども。
コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM