地震のあとの東京のいま

  • 2011.03.17 Thursday
  • 21:09
ゆっくり眠れる夜が来るように


東京は命の危険があるほどの地震ではなかったし、建物が壊れたわけでもない。ライフラインもさして問題なくて、原発からも距離があって、傍からみれば、大して混乱しているように見えないんだろうなぁと思う。目にも明らかな生命の危機に晒されていない。それだけで、本当に震源近くで被災した人々に比べたら、なんてことない、というのはもっともだ。

ただ、ここは首都で、人の数も情報の数も尋常でなく溢れている。まったく価値観の違う人達が、それぞれの信じる情報に従ったり踊らされたりして、スーパーから食べ物が消えたりする。非常事態という言葉が印籠みたいになって、なんでも許されるような流れになる。心配性のひとはどこまでも過敏に心配し、一歩も外に出ない、会社へは来ないと言う。実際どこまで影響があるかまったく未知数な放射能のためにマスクをし、マスクをしないことがおかしいかの如き空気になる。本気で国外脱出を検討する人もいる。

自分の命は確かに大事で、それより優先すべきものなど殆どないのだろう。私もたぶんそう。でも、普段まったく気にもしないそれを腹の底に抱えた状態で、さもさも普段どおりを装って仕事をする、この薄気味悪さ。大規模停電になるとYahoo!ニュースに流れたら、急に帰宅指示。ゆらゆら漂うブイに捕まっているみたい。何も頼りにならない。

さしたる被害のない東京でも、ひとりひとりの心の中はどうだろう。激しい揺れで恐怖を味わって、止まっていても揺れているような錯覚を起こし、家では狭い部屋で一人余震に震え、スーパーや電車の非日常的な光景を目の当たりにし、今にも心が折れかかっているのに、テレビを見ればもっとずっと辛く苦しい思いをしている人がいて、自分は大したことない、と折れかかったところを無理やりテーピングする。そんな繰り返しの中で、冷静に社会人として暮らすこと自体が、どだい難しい。

こういうときは、人の本性がよく見えるし、自分を取り繕う余裕もなくなるようだ。今まで我慢してたことがもう全然我慢できなくなって、愚痴や悪口を言わないようにしてたのがボロボロ口から出ちゃったりしている。そんなことに耐える気力がもうない。あとで色々思うんだろうなぁと分かってはいるが、今は心の健康を保つことが一番大切なので、言いたいことを、あえて止めたりはしないことにしよう。

表向きいつもどおりに動き出したように見える経済や社会の裏側で、こんなことを考えているのは私だけではない気がする。本当はちっとも、いつもどおりではないのだ。だからちょっとだけ優しくしたり、ちょっとだけ気を遣ったり、そんなことがとてもとても素敵なことに思える。いつもどおりでないなりの配慮が、みんなに求められている。
コメント
実際、そんなものだと思いますよ
日本人は助け合っている〜とか言うけど、
ホントは自分たちの欲を必死で、ギリギリの線で保っているのだと
もう、いつ崩壊してもおかしくない

ひどい思いをした人はその人同士が見えるから支え合えるけど、
被害が軽微=自分の周りが見えない人は、自分の欲を剥き出しにする

ちなみに私も買い占めしましたゴメンナサイ。。。
  • さらり
  • 2011/03/17 11:33 PM
#さらりん

ゴメンナサイって思うかどうかが、
またこれいろんなものの境目なんでしょうね。
そちらは本当に大変な目にあったのだから、そのストレスはいかばかりか…
私なんぞの比にはならないでしょう。

せめて、淡々と日付が進んでいく間に、
今の心境を忘れてしまわないようにしたいなと思います。
  • こよみ
  • 2011/03/18 10:54 PM
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