一家存亡の危機

  • 2017.12.22 Friday
  • 21:14


現職に就いて丸5年を迎えた今週、同日入社の同期氏と恒例周年祝賀会のゴージャス版を催したり、クリスマスプレゼントなどウキウキ物色したり、年越しに向けてネイルに行ったりする予定が、日曜夜から胃腸炎を発症して月曜まるっと寝込み、そこにグラデーション的に息子も胃腸炎を発症。結局土日と合わせて5日休んで昨日やっと出勤するという思い出を作った。今まさしく娑婆に出たような気分だ。冷たい師走の空気がうまい。


ものすごく当たり前のことだが、夫婦でギリギリ回している家庭で妻子が倒れたときの緊迫感といったらない。残り1人つまり夫は絶対に倒れられないし、倒れている私も倒れっぱなしではいられない。一家滅亡とはこうして起こるのだなぁと若干他人事のように考えながら、なんとか体を起こして離乳食の支度をしたり、騒ぐ子どもを気合いで抱きあげて寝かしつけたり。こんな中で仕事のやり取りをしたとてロクなことになるはずもなく、火曜の時点で業務をするのは諦めた。

これで全員倒れたら子供はどうなるんだろう。倒れたのが子供だけだとしても、夫婦2人とも絶対に外せない仕事が入っていて、病児保育先も、病児保育のシッターさんもみつからなかったらどうなっちゃうんだろう。今はまだ頭が回らないが何か対策はあるはずで、それを平時からぬかりなく準備しておかなければ。と心のメモに深く刻んだところである。


地方出身者同士の夫婦共働き子育ては綱渡りという言葉が本当にぴったりだ。我が家は実家が遠くて親には頼れないが、そのぶん勤務先は近く且つ上司、同僚の理解があり、特に私はだいぶ子育てしやすい状況で働くことができている。それでもこんなに危険と背中合わせなのだから、世の中のもっと過酷な条件で子育てをしている家庭を思うと空恐ろしい。一方、分かってて産んでるんだからなんとかしろという意見もきっとあるんだろうなぁ。働きたい人も子育てしたい人も決して減ってはいないだろうに、環境はいつまで経っても優しいものではないようだ。

いったいどうやったら仕事と子育て両方で、自分が納得のいくレベルの力を発揮できるのか。その方法を模索しているうちに気付けば子どもは手を離れてしまうのだろう。いや私の場合は私が現役を退く方が早いのかもしれない。その頃いったいどんな働き方をしてるのか定かではないけれど。


まずもって6年目もお仕事は頑張ります。できれば全力を出し切りたいものだが、果たしてどこまでやれるであろうか。年内華麗に始末をつけて良い新年を迎えたいな。懸案事項は年末年始、餅を片手に家族会議するとしよう。

私は料理好きになりたい

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 00:25


このところ週末になると、構想と買い出しを含め3〜4時間ほどかけて離乳食のもとを仕込む。

六分がゆを炊いて、にんじん、トマト、じゃがいも、ほうれん草か小松菜、鮭、ツナ、ささみ、リンゴあたりを茹でて小さな賽の目に切ったり、それっぽい野菜数種と果物をフードプロセッサーでスムージーにしたりして、製氷皿に小分けにして冷凍。毎朝これらと卵、豆腐、納豆、ヨーグルトの中から何種類かを選んで混ぜたり載せたりつぶしたりで、息子のごはんを作る。

来月から離乳食後期に移行するにあたり、保育園で食べる前に家で試すべき食材も山とある。それらを一日にひとつ組み込みつつ、栄養バランス、というより色合いを多少は考慮し、量もそこそこ作るとなると、料理好きでもなんでもない私にとっては、なかなかどうしての苦行だ。

当初は、一生続く話でもなしベビーフードでいいじゃんと思っていたのだが、試しに買ってみたらどうしてもあの匂いが好きになれず、急場しのぎでスタートしたこのスタイルがそのまま定着した。同じように働く母たちに聞くと、だいたい似たり寄ったりのやり方である模様。友人の赤ちゃんをたまにみてのん気に「大きくなったねぇ」などと述べていた頃が懐かしい。陰では皆、こんなにも苦労していたのだ。すごい。すごいよみんな。

時折、朝起きたら突然大人と同じものが食べられるようになっててくれないかな、と不毛な夢を見たりする。しかし実際そうなったら朝はともかく夜までマトモな大人の食事を用意しなければならないわけで、むしろ辛さはいや増しだ。相当辛い。断然、今のままでいい。

とはいうものの、当前、今のままというわけにはいかない。遅かれ早かれ息子は大人と同じご飯を食べるようになる。いくらなんでも赤ん坊に毛が生えたような子に、コンビニ飯を食べさせるわけにはいかない。結果、我々の晩ご飯までちゃんとつくる毎日がやってくるのだ。どこにそんな時間と気力があるのかわからないが、その事実だけは確定している。そして着々と迫ってきている。

思えば産休中が人生で一番まともに料理をしていた気がする。朝昼晩にお弁当まで作っていたのだから、よっぽど暇だったのだろう。そもそも家で作った方が体にもいいし、美味しいんだし、節約にもなるし、時間と気力が割かれる以外はいいことしかないはずだ。分かっている。頭ではわかっているぞ。

まぁ辛いなりにも、息子がご飯を食べてうっすら美味しそうな顔をすればうれしいし、いろんな種類の野菜を切り刻んだのが製氷皿にずらりと並んでいると達成感もある。そんな少しの喜びで、果たしてどこまで走り続けられるだろうか。先は長い。

ああ、料理好きな人はいいな。朝起きたらちょう料理好きに生まれ変わってないかな。

はやいことはいいことだ

  • 2017.08.11 Friday
  • 07:00


すぐやりますって言ってから30分経ったらそれはもう、すぐではない。

すぐというのは直ぐと書くくらいだから、ただちに、つまり間髪入れずに、それはもうすぐ、いますぐ、ではないのか。むしろそれができないなら、すぐと言わないでほしい。それくらいある意味では重い言葉だと思うのだが、単に私がせっかちなだけなのだろうか。


時間の感覚は人によって驚くほど違う。近いうちが今週の場合もあれば、今月中、なんなら数か月のうちに、ということもある。

プライベートならそれで全然問題ない。だが仕事となったら、ある程度スピード感をもつべきだ。自分の時間にも相手の時間にもお金が発生しているし、目先のちょっとした時間の無駄遣いが先々の大きな開きにつながる。あれこれ悩んで手を動かさないでいるうちに、その開きは広がって、これまた要らぬコストが発生してしまったりする。いいことなし。

処理速度が人によって異なるのは当然だが、動き始める、という一点については決断するだけのことなので差などない。そもそも処理速度すら、本人の努力次第で確実に改善の余地はあるはず。働く上で、はやいことは、間違いなく良いことだ。だからはやくする努力も、惜しむべきではない。

まず手を動かし始めてみる。妙なプライドを発揮せず素直に聞く。方向性が間違っていないかこまめに確認する。キーボードはたくさん打って速度を上げる。抱えているものの優先順位をしっかりつける。すぐ終わるものは先に片づける。ショートカットキーをフル活用する。先のことを想像しながら動く。このことはこの人に聞けばばっちりという人を色んなジャンルで握っておく。

はやくなるための方法は色々あるけど、人がこうやったらいいよと言ってることは、とりあえずやってみるという柔軟さもあるといい。私なんぞはそれはもう頑固一徹だけど、自分のためになることなら素直に取り入れるくらいの度量はある。ちょっとモヤっとしたとしても、結果役に立つことならばよいではないか。


しかしはやく動くためには、本人のコンディションもわりと重要だったりする。乳児と暮らしているとどうしても睡眠を削られたりなんだり、このコンディションがよろしくないことが多い昨今。世の乳児たちはね、早く寝て遅く起きてほしいですね。乳児は遅くていいです。

とはいえ仕事の云々を子供のせいにはしたくはないので、できる範囲の全力投球は怠らないでおきたいところ。自らを戒めつつ頑張りたいと思います。なにしろ働けることは、幸せなことだからな。

暗黒時代は玉虫色

  • 2017.07.08 Saturday
  • 08:15


ニュースで産後うつの話題を見て、産後の1ヶ月が地獄のように辛かったことを思い出した。そして、日が経つにつれてその地獄のように辛い記憶がどんどん朧げになっていることに気づいた。当時はものすごく辛く、むしろ辛さしかなかったはずなのに、喉元過ぎれば人は熱さを忘れるものだ。

というわけで記憶が更に薄れてしまう前に、何がどう辛かったのかを書き残しておこうと思う。


そもそも出産時に1.5リットルの大量出血をしたせいで、私は産後の肥立ちとやらが悪かった。入院中は廊下も手すりを伝わないと歩けないほどフラフラで、退院後も布団から出るともれなく目の前が暗転する状態が続いた。

体調が悪ければそれだけで辛いのに、昼夜問わず2時間ごとに乳をやらねばならぬ。家事全般や、おむつ替え、沐浴などは義母や夫に任せられるが、授乳だけはそうもいかない。夜中に隣で泣き出す声に起こされ朦朧と30分近く授乳。しかも乳首はまだ弱くてあっという間に腫れあがり、吸われるたびに体がよじれるくらい痛い。出産時の切開の傷跡もこれまた痛くて座ると激痛が走る。満身創痍とはまさにこのことである。動かないから筋力も落ちる。ぐっすり眠れないから気力も落ちる。恐怖の悪循環だ。


新生児は笑わない。人間というより生物で、ぶっちゃけちっとも可愛くはない(今となっては新生児を見ると可愛いく思えてしまうこの不思議よ)。赤ちゃんは泣くのが仕事というがそのとおりで、泣くか寝るかしかない。とにかく最初の1か月はよく泣いた。お腹が減れば泣き、おしっこをすれば泣き、更にはおむつが綺麗でお腹がいっぱいで抱っこまでしてるというのに泣き止まないこともある。特に夜半のそれは堪える。最初のうちはあやしたり歌を歌ったりするが、すぐに打つ手はなくなり、暗い中ぎゃん泣きする子を抱え、ただ揺らすことしかできない。そのまま次の授乳に突入なんてこともあるある。今にして思えば、こちらの不安が子供に移っていた面も多分にありそうだが、当時はそんなの知ったこっちゃない。


24時間、自分より優先しなければならない誰かに暮らしを左右されるのがまた辛い。子供が寝たら何かするよりまず自分も寝たいわけだが、そうすると本当に何もできず、どんどん世間と隔絶されていく。普通に外に出て子供と離れられる夫が羨ましくて仕方ない。だけど子供を義母に預けて外に出る勇気も元気もない。

初めての連続なので、些細なことも気になって仕方ない。泣き止まないといっては凹み、湿疹が出たといっては騒ぎ、6時間寝続けたといっては心配し、母乳やミルクが足りているのかで気を揉み、その度に子育て先輩の友達に連絡してなだめられ。なまじきちんとやりたい性分だと、やらねばという気持ちだけが先行してどんどん追い込まれる。自分の今までの人生経験がまったくもって役に立たないことで、自分に対する自信もすっかり失ってしまう。

3週間ほど保育士でもある義母が泊まり込みであらゆることを手伝ってくれていたが、それだけに彼女が帰ってしまった後どうやって家事と子育てを回せばいいのか不安で不安で、気づいたら泣いていることもたまにあった。


当たり前だが子育てはすぐに結果の出ることではない。どれほど精力を注いで頑張ったところで今いまは何の手応えもない。そう、この手応えのなさがまた堪えるのだ。仕事みたいに手際よくちゃっちゃと終わらせていきたいのに。

今までの人生で辛かったことのほとんどは、「そのうち必ず終わるのだ」と言い聞かせて乗り越えてきた。しかし子育てには当分終わりがやってこない。ではどうやって乗り越えたらいいのだ。どうやって。どうやって。そう考えているうちに思考がフリーズする。その繰り返し。暗転。

最初の1ヶ月にはそんなこんなで多種多様な辛さがてんこ盛り。どうやって乗り切れたのか、今だに不思議でしかたないほどだ。


さてしかし。2か月を過ぎ、3か月を過ぎると、子供が泣く理由もわかってくる。こちらに余裕ができることで相手も落ち着いてくるし、何かをしてあげれば相応の反応もある。まったく新しい生活の中で、楽しみを見つけることもできてくる。そうこうしているうちに息子は無事生後7か月を迎えた。最近は素直にかわいいなと思えるようになり、ホッとしている。そして、そんな子供と接しているうち、あの辛く苦しい1か月の記憶は彼方へと遠のいていくのである。


自分が生きる上で、あるいは働く上で、何を大事にしているか、何に喜びを見出すか、というようなことが、子供が出現したことで浮き彫りになったように思う。その点においても、子供とはなかなか意義深い存在だ。

この感じを、あの1ヶ月なしで体験できたらどれほどいいだろうが、まぁそうはいかない。あれあってのこれだ。であればせめて、世の中の産後1ヶ月の母たちが少しでも楽になる方法が、どんどん増えていくことを祈るばかり。もちろん、私もできることはしたい。心からそう思う次第であります。

オシャレごころと梅雨の空

  • 2017.07.01 Saturday
  • 11:16


久しぶりに、ユニクロとGAP以外の店で服を買った。さして高級なものではないが、気分はあがる。

子供と暮らすようになってからというもの、ステキな服を買ってもミルクやよだれ、果てはうんちなど飛ばされたりするので、もっぱら安くて洗濯に強いユニクロさんとGAPさんに頼りっぱなしだ。もちろん、この2ブランドがステキでないと言っているわけではない。ユニクロのインナーの秀逸なこと。babyGAPもドストライクです。

それはさておき。お店をいくつも回って、試着しては戻し、選びに選んで買って帰り、おもむろに袖を通す喜びなどすっかり忘れていたが、これはときめく。とても楽しい。近頃やっと産前の体形に近づきつつあることもあり、少しだけ自らに贅沢を許してみた。子供相手のときは着ない服。つまり殆ど出番はないが、私のテンションが上がる服。

名の通ったブランドのお高めの服を好んで着ていた時期もあったが、ブランドや値段は年々どうでもよくなってきた。ファッションで人目を惹く必要もないし、格別オシャレと思われなくてもいい。ただいいなと思えて、かつ自分以外の人が見たときに違和感がなく、できれば似合っていると言ってもらえる服を着たいとは思う。そうやって選んだ服がたまたまちょっとお値段のはるものだったら、少し悩んで思い切って買って、そのあと節約したりすることもまた楽し。

梅雨でじめじめするこの時期は、気分だけでも夏らしく、軽い素材のシャツワンピなんかがほしくなったりする。体のラインが出る感じのジャージー素材のワンピもいいね。着てる間ずっと腹筋背筋の力を抜けないやつね。今はワンピの気分です。

しかしそれもこれも服が外的要因で頻繁に汚れることがない前提の話。まだ「うんち飛ばすなよ」と言って聞かせられる年齢でもないので、いわゆるよそゆきの洋服には当分手出しできないが、いずれまたその世界に戻っていきたいものだ。そのために今頑張れることと言ったら、ひたすら体形を整えておくことくらいか。がんばりましょう。

量より質か、量ゆえに質か。

  • 2017.05.27 Saturday
  • 08:45


先日携帯のキャリア変更ついでに連絡先を見直したら、すっかり忘れていた名前がたくさんあって、懐かしいような気恥しいような妙な気分になった。


その昔、know howよりknow whoという考え方を知ったばかりの頃の私は、そうか人数かと理解して、手あたり次第にお友達を増やしていた。通常なら他人のままで終わる場面でも、一歩踏み出して声をかけたり話を膨らませたりすることで、お友達は無限に増える。

例えば飲食店や服屋の店員さんも、楽しく話して記憶が消えないうちに何度か足を運べば一緒に遊べるようになったりする。毎日バス停で会うひと、年に数回お世話になる業者さん、アポ先の秘書さん。いたるところにお友達の原石は存在し、こちらの心ひとつで新たなknow whoとなるのだ。

しかし人とつながるには気力と体力が必要であり、私はそれが湯水のようにあるタイプではない。イタリア男よろしく袖触れ合えば声をかけ続けた結果すっかり疲弊してしまい、今ではよほどのことがない限りそんな真似はしなくなっている。


てなことを思い返して、うーん、若かったね、と一人照れたりしたわけだが、思えばある種の下心から行ったこのローラー作戦の結果、今でも続くありがたいご縁をたくさん得たことに気づいた。

おかしなテンションの私が頑張ってなかったら、そのまま他人で終わっていたであろう人たち。いずれもそれぞれのジャンルで貴重なアドバイスや意見をくれたり、前向きに、ざっくばらんに色んな話もできる、尊敬すべき友人たち。そう考えると、若気の至りとはいえ、あれは無駄な行動ではなかった。


自分の手の届く範囲は決まっており、その中でつながる人のタイプもだいたい決まっている。もし今の自分の幅を広げようと思ったら、その範囲の外に存在している人とつながるのが手っ取り早く、そのためには無作為な出会いを広げていくことが案外有効かもしれない。多少の気疲れや体力消耗は成長痛と割り切り、やってみる価値はあるのではないか。数打ちゃ当たる、というと失礼な話だけど。特に若いうちは。

もちろん、相手も自分に価値を見出してくれないことには続かないわけで、そこには努力が必要だ。know howよりknow who。まさにそのとおりだと身を以て知る育児戦争真っ只中の今日この頃、今はいただくばかりのひとにも、何かを返していけたらいいなと思う。そんな損得関係ないのが友情だ、という考え方もあるとはいえども。

門出の春

  • 2017.03.22 Wednesday
  • 11:40


ここ数日、息子が大騒ぎだ。何をやっても謎のぐずりがおさまらない。普段はぐずっても空腹か眠いかの至極わかりやすい息子につき、母はややげっそり。泣くからには原因があるのだろう。


4月から息子は保育園、私は育休明けで復職する。正直、可愛いかどうかとは別問題で、24時間来る日も来る日も赤子と一緒にいるのはつらい。だから週5日物理的に離れることが楽しみでないといえば嘘になる。

しかし、半年のブランクで自分の能力が落ちていないか、仕事と子育てを両立するのにどれほどの気力体力が必要か、などなど不安も尽きない。加えて入園準備や復職前に済ませておきたいあれこれもあり、私の頭の中は良くも悪くも仕事モードになっていた。


母の気持ちが自分に向いていないことを、息子は感づいているのではないか。もしかしたら、離れて過ごす時間が増えようとしていることも。

彼にとって、保育園は人生の新たなステージある。相当大きな変化の渦に、ひとの都合で早々に、突然に、巻き込まれることになる。にもかかわらずその原因を作っている私の方には、離れて寂しい思いをさせるかもとか、あの場所でこの子が日々穏やかに過ごせるだろうかとかいう心配をしてあげる余裕すらなかった。

小さくたって人間だ。未熟ながら感情もあるだろうし、本能で感じる不安もあるに違いない。思い至って非常に申し訳なくなった。すまぬ、せがれよ。母が悪かった。


心を入れ替えて接し始めたら、息子のご機嫌がなんとなくなおった。やっぱりか、と思うと同時に、残り10日は、真正面から向き合って付き合うことに決めた。楽な方に逃げず、できるだけ抱っこもしてあげよう。種々のやるべきことは、子供が寝ている間にやればよい。短時間で効率よく。そうだそうだ、それが私の売りだった。

このべったりで過ごせる時期に力一杯べったりしなかったことを、のちのち悔やむような気がしている。だから今できることぐらいはやっておこうと思う。ちっとも得意ジャンルではないが、幸い相手が満足しているようだからよしとする。完璧でなくても成り立つことが、世の中には結構あるもんだ。いろいろと学びの多い春である。

餅を愛し餅一筋に生きる

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 10:21


朝から宅配便が届き、なんだろうと思って開けてみたら、餅を愛し餅一筋に生きる、もち吉のお菓子。ホワイトデーに届くよう、わざわざ送ってくださった心遣いがとてもうれしい。

思えばバレンタインデーやホワイトデーに出勤しなかったのは初めてだ。過去のバレンタインでは必ず同僚や上司にチョコを用意してきたが、今回は近しい人だけ、しかも当日でもなく、カードも付けられなかったので、自分の中ではあまり納得のいかない出来だった。ゆえにお返しにはサプライズ的な喜びもあり、格別にほっこり。次回はちゃんといたします。

私は義理チョコ推奨派だ。単にばらまくだけならやらなくていいと思うけど、ちゃんとやるなら日頃の感謝を伝えるのにちょうどいい機会。相手の顔を思い浮かべつつチョコを選ぶのも楽しい。おそらく義理チョコという名前がよろしくないのだ。サンキューチョコとかなんとか、そういうのにすればいいのにね。

一方男性にとってのホワイトデーは、義務の側面が強いのではなかろうか。こちらはお返しを期待していなくても、もらったら本命だろうが義理だろうがお返しナシという選択肢がなさそう。その上あくまでお返しだから、もらわないと準備できない。つまり準備期間が1ヶ月しかない。気の利いたことを考えるには案外短い。仕事に追われて気づいたら今日ってことも十分あり得る。そういえばオフィスが乃木坂にあったとき、ホワイトデー当日にミッドタウンのチョコ屋さんに大行列ができていたなぁ。

お返しなんていいよ、と言っても、いやそうもいかないでしょ、という風潮。それが面倒でバレンタインデーのやりとりを禁止する会社もあるようで。感謝の気持ちが負担になるのは切ない限り。いっそバレンタインデーとホワイトデーは合体してしまえばいいのではないか。うん、これはなかなか名案な気がする。

いずれにしても、ちょっとしたおやつのやりとりだし、お互い楽しむ余裕があるなら続ける意味はあると思う。だってうれしいし、美味しいし。では、頂戴したお菓子を早速美味しくいただきます。

傘が壊れて考えた

  • 2017.02.18 Saturday
  • 12:45


傘を差して家を出た。しばらく歩くと雨が上がったので傘を閉じたら、空中分解した。

骨が四方八方に飛び出し、もはやこの物体をコンパクトにまとめる術はない。よりによってこんなに急いでいるときに。とっちらかった傘を花かごを抱えるていで捧げ持ち、とりあえず歩き続ける道すがら、よからぬ考えが頭をよぎる。こんなのどっかの物陰に捨ててしまえばよいのだ。

一瞬、周囲を見渡し程よい物陰など探してしまったりしたが、我に返って必死に考えた結果、少し先のコンビニに入り、新しい傘を買うからこれを処分してくれと懇願することを思いつく。恐る恐る言い出してみたら、しぶしぶながらも引き受けてもらうことに成功した。一件落着。

世の中には、やってはいけないことがある。ごみをポイ捨てするなんて絶対やってはいけない。聞かれれば皆そう答えると思う。しかし実際は、タバコの吸い殻をポイポイするのを何度も見たことがあるし、床にこびり付いたガムの跡や、道端の空き缶もあちこちで見る。なぜなんでしょうね。

吸い殻を捨てるひとをみていると、堂々とポイしているのは少数派で、大概はサッと手を振り下ろした流れや、コートの陰に隠して素知らぬ顔で捨てているようだ。悪いってわかってるわけです。じゃあやるなって話で。

誰にも気づかれなくても、ダメなものはダメ。そう思える倫理観の拠り所は何か。宗教的にいうなら神様が見てるからだが、私の場合は私が見てるってことになる気がする。そんな自分では自分が嫌だ。子供が生まれて、その考えは強くなった感じ。完璧は目指してないけど、家族や友人に恥ずかしくない人間ではいたいかなぁ。

コンビニを出て歩いているうちに空はどんどん晴れてきた。壊れた傘を持ち歩くことを考えたら、真新しいビニール傘の1本くらいなんてことない。なんてことない。が、まぁ邪魔は邪魔です。傘は折り畳みに限りますね。

親知らず瞬殺

  • 2016.03.26 Saturday
  • 11:50


歯医者さんほど当たり外れがはげしく、しかも絶対外したくないものはない。

特に痛みはなかったが結婚もしたことだし一度見てもらおうと、友人の歯科医師に紹介を受けて歯医者さんに通い始めた。さすが同業者のオススメだけあって、この歯医者さんがとてもよい。

説明も非常に詳しく丁寧。まとめてできる治療は一度で済ませて、回数を減らす努力もしてくれる。今日は虫歯の治療で麻酔をするから、ついでにその奥の親知らずも抜きましょう、とのことだった。え、親知らずって、そんなついでで抜けるもんだっけ。


親知らずは過去2本抜いたが、いずれも死ぬほどつらかった。1時間以上口をあけっぱなしで、上を向いてて頭に血は上るし、器具を口に突っ込まれて唾も飲めない。終わるころには口が閉じられないほど顎が痛い、という感じだ。

そんな経験しかないものだから戦々恐々としながら向かったのだが、結果、瞬殺だった。瞬殺という言葉はこのためにあるのではないかというくらい、わたしの親知らずは一瞬で亡きものとなった。

ガーゼをわきに詰め込んで、はい口とじていいですよ、はいゴリゴリゴリ、はいもう抜けましたからねー。所要時間約1分。いやぁすごい。抜歯で感動するとは思わなかった。もちろん頭が出てるか出てないか、根の数などで違いはあると思うが、このスピードは一体なんなんだ。過去のあれはなんだったんだ。

抜けた歯はとっても大きくて丸っこくて丈夫そうだった。こんなに立派な歯だというのに、最奥に生えたばかりに申し訳ない。持って帰るか聞かれたが、そんなもの持って帰って何にするのかはわからない。もちろん、結構ですとお断りした。


かれこれ7〜8年ほったらかしだったので、ふたを開けたら小さな虫歯があちこちにあった。過去の歯医者さんの中途半端な治療のせいで事態が悪化し、大工事が必要になっている個所があることも判明した。場合によっては抜歯だというから、本当に恐ろしいやら切ないやら。まぁ取り返しのつかないことではあるが、今気づくことができてまだよかった。そして、信頼できる歯医者さんに出会えて、本当に運が良かった。

みなさん、歯は本当に、本当に大切にしましょうね。さて、麻酔切れる前にロキソニン投与しときます。

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