一家存亡の危機

  • 2017.12.22 Friday
  • 21:14


現職に就いて丸5年を迎えた今週、同日入社の同期氏と恒例周年祝賀会のゴージャス版を催したり、クリスマスプレゼントなどウキウキ物色したり、年越しに向けてネイルに行ったりする予定が、日曜夜から胃腸炎を発症して月曜まるっと寝込み、そこにグラデーション的に息子も胃腸炎を発症。結局土日と合わせて5日休んで昨日やっと出勤するという思い出を作った。今まさしく娑婆に出たような気分だ。冷たい師走の空気がうまい。


ものすごく当たり前のことだが、夫婦でギリギリ回している家庭で妻子が倒れたときの緊迫感といったらない。残り1人つまり夫は絶対に倒れられないし、倒れている私も倒れっぱなしではいられない。一家滅亡とはこうして起こるのだなぁと若干他人事のように考えながら、なんとか体を起こして離乳食の支度をしたり、騒ぐ子どもを気合いで抱きあげて寝かしつけたり。こんな中で仕事のやり取りをしたとてロクなことになるはずもなく、火曜の時点で業務をするのは諦めた。

これで全員倒れたら子供はどうなるんだろう。倒れたのが子供だけだとしても、夫婦2人とも絶対に外せない仕事が入っていて、病児保育先も、病児保育のシッターさんもみつからなかったらどうなっちゃうんだろう。今はまだ頭が回らないが何か対策はあるはずで、それを平時からぬかりなく準備しておかなければ。と心のメモに深く刻んだところである。


地方出身者同士の夫婦共働き子育ては綱渡りという言葉が本当にぴったりだ。我が家は実家が遠くて親には頼れないが、そのぶん勤務先は近く且つ上司、同僚の理解があり、特に私はだいぶ子育てしやすい状況で働くことができている。それでもこんなに危険と背中合わせなのだから、世の中のもっと過酷な条件で子育てをしている家庭を思うと空恐ろしい。一方、分かってて産んでるんだからなんとかしろという意見もきっとあるんだろうなぁ。働きたい人も子育てしたい人も決して減ってはいないだろうに、環境はいつまで経っても優しいものではないようだ。

いったいどうやったら仕事と子育て両方で、自分が納得のいくレベルの力を発揮できるのか。その方法を模索しているうちに気付けば子どもは手を離れてしまうのだろう。いや私の場合は私が現役を退く方が早いのかもしれない。その頃いったいどんな働き方をしてるのか定かではないけれど。


まずもって6年目もお仕事は頑張ります。できれば全力を出し切りたいものだが、果たしてどこまでやれるであろうか。年内華麗に始末をつけて良い新年を迎えたいな。懸案事項は年末年始、餅を片手に家族会議するとしよう。

私は料理好きになりたい

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 00:25


このところ週末になると、構想と買い出しを含め3〜4時間ほどかけて離乳食のもとを仕込む。

六分がゆを炊いて、にんじん、トマト、じゃがいも、ほうれん草か小松菜、鮭、ツナ、ささみ、リンゴあたりを茹でて小さな賽の目に切ったり、それっぽい野菜数種と果物をフードプロセッサーでスムージーにしたりして、製氷皿に小分けにして冷凍。毎朝これらと卵、豆腐、納豆、ヨーグルトの中から何種類かを選んで混ぜたり載せたりつぶしたりで、息子のごはんを作る。

来月から離乳食後期に移行するにあたり、保育園で食べる前に家で試すべき食材も山とある。それらを一日にひとつ組み込みつつ、栄養バランス、というより色合いを多少は考慮し、量もそこそこ作るとなると、料理好きでもなんでもない私にとっては、なかなかどうしての苦行だ。

当初は、一生続く話でもなしベビーフードでいいじゃんと思っていたのだが、試しに買ってみたらどうしてもあの匂いが好きになれず、急場しのぎでスタートしたこのスタイルがそのまま定着した。同じように働く母たちに聞くと、だいたい似たり寄ったりのやり方である模様。友人の赤ちゃんをたまにみてのん気に「大きくなったねぇ」などと述べていた頃が懐かしい。陰では皆、こんなにも苦労していたのだ。すごい。すごいよみんな。

時折、朝起きたら突然大人と同じものが食べられるようになっててくれないかな、と不毛な夢を見たりする。しかし実際そうなったら朝はともかく夜までマトモな大人の食事を用意しなければならないわけで、むしろ辛さはいや増しだ。相当辛い。断然、今のままでいい。

とはいうものの、当前、今のままというわけにはいかない。遅かれ早かれ息子は大人と同じご飯を食べるようになる。いくらなんでも赤ん坊に毛が生えたような子に、コンビニ飯を食べさせるわけにはいかない。結果、我々の晩ご飯までちゃんとつくる毎日がやってくるのだ。どこにそんな時間と気力があるのかわからないが、その事実だけは確定している。そして着々と迫ってきている。

思えば産休中が人生で一番まともに料理をしていた気がする。朝昼晩にお弁当まで作っていたのだから、よっぽど暇だったのだろう。そもそも家で作った方が体にもいいし、美味しいんだし、節約にもなるし、時間と気力が割かれる以外はいいことしかないはずだ。分かっている。頭ではわかっているぞ。

まぁ辛いなりにも、息子がご飯を食べてうっすら美味しそうな顔をすればうれしいし、いろんな種類の野菜を切り刻んだのが製氷皿にずらりと並んでいると達成感もある。そんな少しの喜びで、果たしてどこまで走り続けられるだろうか。先は長い。

ああ、料理好きな人はいいな。朝起きたらちょう料理好きに生まれ変わってないかな。

はやいことはいいことだ

  • 2017.08.11 Friday
  • 07:00


すぐやりますって言ってから30分経ったらそれはもう、すぐではない。

すぐというのは直ぐと書くくらいだから、ただちに、つまり間髪入れずに、それはもうすぐ、いますぐ、ではないのか。むしろそれができないなら、すぐと言わないでほしい。それくらいある意味では重い言葉だと思うのだが、単に私がせっかちなだけなのだろうか。


時間の感覚は人によって驚くほど違う。近いうちが今週の場合もあれば、今月中、なんなら数か月のうちに、ということもある。

プライベートならそれで全然問題ない。だが仕事となったら、ある程度スピード感をもつべきだ。自分の時間にも相手の時間にもお金が発生しているし、目先のちょっとした時間の無駄遣いが先々の大きな開きにつながる。あれこれ悩んで手を動かさないでいるうちに、その開きは広がって、これまた要らぬコストが発生してしまったりする。いいことなし。

処理速度が人によって異なるのは当然だが、動き始める、という一点については決断するだけのことなので差などない。そもそも処理速度すら、本人の努力次第で確実に改善の余地はあるはず。働く上で、はやいことは、間違いなく良いことだ。だからはやくする努力も、惜しむべきではない。

まず手を動かし始めてみる。妙なプライドを発揮せず素直に聞く。方向性が間違っていないかこまめに確認する。キーボードはたくさん打って速度を上げる。抱えているものの優先順位をしっかりつける。すぐ終わるものは先に片づける。ショートカットキーをフル活用する。先のことを想像しながら動く。このことはこの人に聞けばばっちりという人を色んなジャンルで握っておく。

はやくなるための方法は色々あるけど、人がこうやったらいいよと言ってることは、とりあえずやってみるという柔軟さもあるといい。私なんぞはそれはもう頑固一徹だけど、自分のためになることなら素直に取り入れるくらいの度量はある。ちょっとモヤっとしたとしても、結果役に立つことならばよいではないか。


しかしはやく動くためには、本人のコンディションもわりと重要だったりする。乳児と暮らしているとどうしても睡眠を削られたりなんだり、このコンディションがよろしくないことが多い昨今。世の乳児たちはね、早く寝て遅く起きてほしいですね。乳児は遅くていいです。

とはいえ仕事の云々を子供のせいにはしたくはないので、できる範囲の全力投球は怠らないでおきたいところ。自らを戒めつつ頑張りたいと思います。なにしろ働けることは、幸せなことだからな。

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